しばらく歩いて海岸近くの岩場に出ると、少し先に大鳥居が見えた。

そこが親不知海岸の海の御門、絢河岸を祭る天照十三連座の一座であった。

岩陰から覗き込むと、崇志と伊織が岩場の上で端末を扱っている。

豊は晃と顔を見合わせると、そのまま二人の側へ歩み寄っていった。

「あれ、ゆんゆん、偵察は・・・」

振り返った伊織があからさまに嫌そうな顔をする。

様子に気付いた崇志もこちらを見て、サングラスの下の目をわずかに眇めた。

「おんやあコウちゃん、こんな場所で会うなんて、奇遇だねえ」

「どうしたの?そんなバカ連れてきて、ゆんゆんったらお仕事は?」

「バカ言う奴がおるかい!」

身を乗り出して怒る晃の隣で、豊は体を小さくすくめていた。

これは明らかに命令違反だ。月詠に戻れば処罰は免れないだろう。

(でも、やっぱり俺は執行部のみんなと戦いたくなんかない)

この数ヶ月でペンタファングに何かしらの感慨めいたものが産まれていないわけじゃない。

けれど、それとは別に、天照館高校は豊にとって戻るべき巣のような存在だった。

それを裏切ってまで、月詠に尽くす義理は無い。

いささか心苦しくはあったが、決断した事実に関して何も後ろ暗い所などなかった。

「お前ら、こないな場所でなにしてんねん!」

「なにって、ねえ?」

「バカに教える義理なんてないよ!」

相変わらず歯に衣着せぬ伊織の背後、鳥居の奥で何かの気配がうごめいていた。

豊と晃はそれに気付き、わずかに表情を暗くする。

「・・・お前ら、なにしよったん」

「俺たちは真面目にお仕事してただけだぜ」

「そんなん聞いとらへん、御封地の封をとけばどないなことになるか、知らんわけないやろ」

「ええーっ、どうなっちゃうのかなあ、ねえ、ゆんゆん?」

ふざけた様子で伊織がこちらを振り返った。

豊はうごめく気配に気を取られたまま、そちらをじっと睨みつけている。

何かが、いる。

それはもうすぐそこから飛び出してこようとしていた。一度現れてしまえば、再び封じるのはかなり厄介だろう。

「ゆんゆーん、もしもし?」

反応のない豊にわずかにイラついた様子で伊織が再び声をかけてきた。その間に晃が突然割って入り、逆に伊織と崇志を睨みつける。

「天照のモンまで駆り出して、ガチンコかまさすつもりか!」

「天照のじゃないよ、ゆんゆんはもうウチのコだもん」

豊の体がピクリと震えた。

ペンタファングの面々とはもう何度も討魔活動をこなしている。

月詠学園での生活は好きになれなかったが、それでも大分溶け込み始めていた。

そして・・・何より。

自分はたぶん人生において重要な経験をさせられてしまったのだろう。

月詠の、飛河薙という唯一人の男子生徒の手によって、消えない刻印が体の奥深くに焼き付けられている。

それで、今更天照館の人間であると、胸を張っていってもいいものだろうか。

晃は大分執行部に馴染んでいるようだった。

豊のもといた位置には、すでに他のパーツがしっくりとはまり込んでいた。

「俺は」

急に足元が頼りなくなったように思えて、豊は俯く。

その瞬間、前触れなく飛び出してきた鋭い声が響き渡った。

「豊、危ない!」

横様に攫われて、転がれば誰かが自分を抱きかかえている感触がする。

すっかり胸に抱きこまれたまま、恐る恐る顔を上げるとそこに九条綾人の姿があった。

「そ、総代?!

「くそ、封印が解けおった!」

晃の声に振り返ると、豊のもといた位置から異形の尻尾がずるり、ずるりと海辺の方に引き戻されていく。

大鳥居の中央には巨大な水色の蛇が君臨していた。

その周囲を取り囲むように、数対の天魔がうごめいている。

「豊、怪我は」

抱き起こされながら尋ねられて、豊はいいえと首を振った。

「それより総代、どうして」

「さっきお前と晃が話している姿を見かけた」

後をつけられていたらしい。

そんな気配微塵も感じなかったと、豊は改めて驚愕していた。

「苦労しているようだな」

ぽつり、と、綾人が不意に沈んだ声を洩らす。

「すまない、二足のわらじは、お前にとって酷だろう?」

「そ、そんな、総代が謝ることなんて」

「いや、全て俺の責任だよ、詫びて済むことではないが、できれば許して欲しい」

ブンブンと首を振る豊をしばらく見詰めて、瞳が優しくクスリと笑う。

「なあ、豊」

支えた肩を強く握られて、豊は綾人を見詰めた。

「今は月詠にいるかもしれないが、お前は執行部の優秀な部員の一人だ、その事実は変わらない」

「九条さん」

「だから、もしお前がどうしても辛いというならば、いつでも戻ってきてくれて構わない」

「そんな」

一学生の身で郷の決定を覆せるはずないだろう。

けれど綾人は、いつもの自信に満ち溢れた笑みを添えて豊の肩をポンポンと軽く叩いてくれた。

「咎なら俺が受けよう、お前の処遇も、全部俺が何とかしてやる、だから、案ずる事など何もない」

豊は泣いてしまいそうだった。

今一番言って欲しい事を、この人はいつでも汲み取ってくれる。

感謝の気持ちが後から溢れて、月詠の生活で冷え切った胸の奥をほんのり暖めてくれるようだった。

「有難うございます」

綾人は笑って、急に手を伸ばすと豊の目元を親指でぐっとぬぐった。

「え、あ、お、俺っ」

「違う、泣いているのかと思っただけだ、すまん」

どうやら涙は浮かばずに済んだらしい。

少し照れて笑うと、向こうから晃の声がする。

「総代はん、ゆんゆん!二人で友情温めとる場合ちゃうで!海の蛇さんがカンカンや!」

豊と綾人は振り返って鳥居を見上げた。

絢河岸は全身をのたうちながら、真っ赤な口を大きく開いて崇志や伊織をけん制している。

「豊」

豊は振り向いた。

「久し振りの討魔だが、腕は鈍っていないだろうな?」

頷くと、綾人は満足げに微笑んだ。

「ならば、共に行こう、そろそろ結も感づいてやってくるだろうから、久々にあれができるぞ」

「はい」

「いざ!」

そのまま岩場を蹴って駆け出しながら、久しく離れていた馴染みのある感触に豊は少しだけ楽しいという不謹慎な思いを抱いていた。

 

死闘は数十分に渡り、絢河岸は豊の小太刀の前に散じて消えた。

本当を言えば座の鎮護の意味もある神は封じなおすのが正しい対処の仕方だったが、この場合は屠る以外に方法がなかった。猛る神々を封じるほどの力など、今の自分たちは持ち合わせていない。

「やむを得ぬとはいえ、随分な犠牲を払ったな」

沈んだ表情の綾人を見ながら、結奈が当分は連座の力が弱まってしまうだろうと豊に耳打ちしてくれた。

崇志と伊織はいつのまにかいなくなっている。

晃が、戦闘終了直後にどこかへ走り去っていったと教えてくれた。

「豊も、戻らねばならんのだろう?」

綾人が残念そうに問いかける。他の執行部の面々も、皆一様に惜しむような目で豊を見ている。

「すいません、でも俺、今は」

「仕方ありません、現状では秋津さんは月詠の方ですから」

「だが豊は執行部の人間だ、それは今でも変わらない」

力強い総代の言葉に、一同は同じようにしっかりと頷いてくれた。

それが心から嬉しくて、豊は少しだけ笑う。

「それより豊、月詠の者達はここで一体何をしていたんだ?」

綾人の一言に、豊の顔に翳りが浮かぶ。

「お前の立場に影響が出るようなら無理にとは言わん、だが、よければ少しでも事実を」

そこまでいいかけたとき、先ほどから姿の見えなかった伽月が青ざめた様子で駆けてくるのが見えた。

「た、大変だよ、皆!」

「どうした伽月、何を」

「美沙紀と、琴音ちゃんが!」

月詠の奴らに捕まっちゃったんだよと、言葉の最後まで聞かずに豊は走り出していた。

「お、おい、豊!」

背後から綾人の呼び声が聞こえる。

ペンタファングが彼女らを拘束したというなら、場所は間違いなく拠点の廃神社だろう。

晃も同じ事を言っていた。

自分たちが橋渡しの名目で送り込まれたというなら、今度けじめをつけるのは自分の役目だ。

現状において、討魔班に指令を下せる人間は一人しかいない。

(飛河・・・!)

自分でもよくわからない気持ちにせかされて、豊は懸命に足を進めた。